はるねクリニック銀座 中村はるね院長先生インタビュー

今回は、銀座で開業されている「はるねクリニック銀座」の中村先生にインタビューする機会をいただきました。

中村先生は、「ベビ待ちゴコロの支え方−あきらめない妊活、31のコツ」をはじめ、多くの書籍や雑誌で妊娠や女性のからだ、そして不妊について解説されていらっしゃるので、お名前を耳にされたことのある方も多いかもしれませんね。

国内において早い段階から不妊治療に携わってこられた中村先生は、豊富なご経験とそこで培われた確かな腕で日々、診療にあたられています。それに加え、お忙しい中においても、患者さんと真摯に向き合い丁寧な治療をされている、大変魅力的な先生です。

それでは、中村先生のインタビューをどうぞ!

Q.先生が医師になられた理由を教えてください。
また、なぜ産婦人科を選ばれたのですか?

父も祖父も産婦人科医だったということが大きいですね。特に父の存在はとても大きく、私も1980年に金沢医大卒業後は父と同じ東大分院産婦人科の医局を選んでいます。

産婦人科を選択するにあたって、他の診療科も考えていたのですが、やはり父の後ろ姿をみていたことと、そちらの医局に女医さんが多かったという点が決め手になりましたね。

待合室等 019

Q.生殖医療にはいつごろから関わられたのでしょうか。

卒業後7年間は、東大分院産婦人科や麻酔科で勉強しながら関連病院へ赴き、治療にあたっていました。

そんな中、兄の死がありまして。ショックが冷めやらぬまま、ご縁があって山梨県内の病院から是非来て欲しいとのお誘いがありましたので、故郷の山梨へ戻ろうと決意しました。

有難いことに、赴任した甲府共立病院では、本格的に臨床に専念できる環境が整っていました。お産も緊急オペも多く、それを一人当直でこなしていたので、ものすごく勉強になりましたね。

ちょうどそのころ、第二子をなかなか授からないという患者さんが出てきました。そのような患者さんを救うためには一般治療だけではなく、体外受精も勉強するべきだと強く思ったことが生殖医療と関わり始めたきっかけです。

その後は、A医大やC研究所へ2週間泊まり込みに行くなどして、本格的に体外受精や男性不妊についても学ぶ機会をいただくことができました。

そして、A医大から山梨へ戻ってすぐに第一号が妊娠し、これがすごく自信につながりましたね。

数年後に東京へ戻ることになりましたが、それでも山梨の患者さんから離れられずに東京と山梨を行ったり来たりしていました。

そのような生活をしばらく続けた後、かつてお世話になったA医大とのつながりを持ちながら、1995年にレディスクリニック八重洲を開設することになりました。当時は女医さんが体外受精をやっているクリニックがあまりなかったこともあり、多くの方が相談にいらっしゃいましたね。

Q.話は変わりますが、先生のお父様は山梨県にわだつみ平和文庫を開館されていますね。そのお話についてお聞かせください。

父は戦後から、産婦人科医として働く傍ら、わだつみに関わってきました。具体的には、叔父が戦争へ行く前の最後の面会で父に託した日記が原点となり、「きけわだつみのこえ」の編集や戦争、平和に関わる資料の収集などをしていました。

しかし、1999年に父が交通事故で倒れてしまいまして。それがきっかけで、父はとても偉大なことをしていたのではないかと、私自身が改めて気づくことができました。

父が倒れた後は、集めた資料を展示するための平和文庫をつくる話は少し頓挫していたのですが、どうしても父が生きている間に開館させたいという想いや、世間に知ってほしいという想いがあったので、父が昔開業していた場所に建てることにしました。

しかし、せっかく建てたとしても、維持していくには個人の力だけでは難しい部分があります。手紙などはアンネの日記のように、半永久的に保存したいと思っていましたので、色々なところを駆けずり回った結果、甲州市にご協力いただけることになりました。

待合室等 024

Q. 不妊治療において、先生がこだわっているところや、今後力を入れていきたいことはありますか?

卵巣機能不全や排卵障害など、まだ不妊に至らない若い方たちに積極的に受診して欲しいと思っています。

最近では若い世代の子宮内膜症も増えてきていますので、まずは20歳になったら検診を受け、その後も定期的に受けていただきたいですね。

子供を希望するかどうかに関わらず、また不妊についてみつめなくても、若い時から自分の卵巣機能について知っておくことは、将来に繋がっていきますので。

実際に、若いときからずっと通ってくださった患者さんがいるのですが、その方が子供を授かったときは本当に嬉しかったですね。

また、現在は第三土曜日に患者さん向けの不妊セミナーをやっていますが、もう少し若い世代向けにもできたらと思っています。そうすることで、敷居が高い婦人科を、少しでも受診しやすくなれば嬉しいですね。

Q.やはり、受診する方の年齢は高くなってきているのでしょうか。

そうですね。最近は、不妊治療を希望される方の年齢も上がってきています。
しかし、年齢が高くなると妊娠率はどうしても下がりますし、できれば40歳までに妊娠してほしいと思っています。そのためには、やはり若い時から意識してもらうことが大切ですね。

Q.先生が患者さんを診る上で一番重要視されていることはなんですか?

もちろん、最新の治療を施すことも重要ですが、本当に大事なのは患者さんと心の通じ合う医療だと思っています。長い間付き合ってきた患者さんが、幸せになった時は本当に嬉しいですね。

ですので、当院では1人の患者さんに対してクリニック全体で手厚くフォローし、末長くお付き合いしていきたいと思っています。

<まとめ>
中村先生の語り口はとても柔らかく、人に話しにくい部分が多い不妊治療においても、その緊張を解きほぐして本質を引き出してくれるのだろうと思いました。長いお付き合いの患者さんが多いのも頷けます。

若いうちはなかなか自分の体を振り返ることが少ないものです。特に、日本においては、妊娠出産といった性に関する知識はなかなか学ぶ機会がありません。しかし、先生のおっしゃるように若い時に予め話を聞いたり、検診をする機会があるだけで一歩立ち止まることができるので、このような取り組みについては是非進めて欲しいと思っています。

診療の合間のお忙しい中、取材を受けて頂いた中村先生にこの場を借りて厚く御礼申し上げます。

●関連サイト
はるねクリニック銀座
http://www.haruneclinic.com

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