PCO(多嚢胞性卵巣症候群)とメトフォルミンについて

不妊症、特に排卵障害の原因として近年、上昇傾向にあるのが多嚢胞性卵巣症候群(PCOS:polycystic ovarian syndrome)です。

これはどのような疾患かというと、通常は月に1つずつ卵巣内の卵胞が成熟して排卵に至るのに対し、卵胞は発育するものの一定以上にはならず、多くの卵胞が卵巣内に留まっている状態を指します。卵胞はあるのですが、排卵できる状態にまで発育しないために排卵しにくく、月経周期の長期化や無月経を引き起こしてしまいます。

このサイトをご覧になっている方は、排卵しない、もしくは良質な卵子が得られないことがどれほど妊娠にとって不利なことか、容易に想像できますよね。

PCOSの原因はまだ明確にはなっていません。しかし、これまでの研究から“インスリン抵抗性”が大きな影響を及ぼしていることがわかってきました。

PCOの卵巣と通常の卵巣

PCOの卵巣と通常の卵巣

 

<PCOSを引き起こすインスリン抵抗性とは?>
わたしたちが食物を身体に取り込んだ時、消化吸収という過程を経て炭水化物が糖(ブドウ糖)に変換され、糖の血中濃度(血糖値)が増加します。糖は生命活動を行う上でエネルギー源となる重要な物質です。しかし、糖単独では血液中を漂っているだけであり、細胞に取り込んで初めてエネルギーとしての利用価値が生まれます。この細胞への取り込み時に活躍するのがインスリンです。

インスリンとはすい臓でつくられるホルモンなのですが、上述した働きのほか次のような役割を果たしています。

・ 脂肪組織や肝臓、筋肉において、糖から脂肪およびグリコーゲン(貯蔵糖)への合成を促進させる
・ 蓄えている脂肪やグリコーゲンの分解を抑制する

通常は、インスリンのおかげで血糖値が一定に保たれています。ですが、インスリンが少ないと働きが鈍くなり、エネルギー源が細胞に取り込まれないばかりか血糖値も高止まりしたままです。高血糖が長期間にわたることで血管はダメージを受けてボロボロになり、様々な血管障害が引き起こされることになるのです。

中には、インスリン自体は分泌されているにもかかわらず、インスリンの作用が弱くなっている、つまり各器官においてインスリンの感受性が低くなっている場合があります。このような状態を指して、インスリン抵抗性と呼んでいます。インスリン自体は分泌されているにもかかわらず、それを感知することができていないのです。

インスリン抵抗性に起因するPCOSの場合は、生活習慣病や不妊症を引き起こすだけではなく、実は、無事に妊娠したとしても妊娠糖尿病へと移行する可能性もあるので注意が必要です。そのため、クリニックによってはPCOSに罹患していて、なおかつ肥満や総コレステロール値が高い患者に対し、インスリン抵抗性を疑って血糖値やインスリンの測定などを行い、治療方針決定の一助としているのです。

<インスリン抵抗性を示すPCOSの治療法とは?>
PCOSの場合、もし肥満であるならば食生活の改善や適度な運動で、良い傾向が見られることがあります。それでなくとも、暴飲暴食や夜更かしなどは不妊治療にとっては大敵なので、不摂生の傾向がある場合は今一度、生活を改善しましょう。

ライフスタイルの改善でも変化が見られないことは多々あります。そのような場合は、薬剤を使って治療を行っていくことになるのですが、今のところ第一選択薬として使われているのは、クロミフェンです。

無排卵治療薬としてよく使われるので、処方されたことがある方も多いのではないでしょうか。クロミフェンの詳細については、以前書いたこちらの記事を参考にしてくださいね。

クロミフェンってどんなお薬なの?

全てがクロミフェンで治療できれば良いのですが、残念ながらPCOSは年齢や個人によってもその原因や症状は様々です。特に近年ではPCOSかつ、インスリン抵抗性がみられた場合は、糖尿病治療薬のメトフォルミンが症状の改善に役立つことがわかってきました。

<PCOSに対するメトフォルミンの効果は?>
不妊治療にはあまりあまり馴染みがない薬剤かもしれませんが、メトフォルミンは2型糖尿病の治療薬として世界的に使われている薬剤です。インスリン抵抗性の場合は、分泌自体に問題はないため直接、糖の生成を抑えるように肝臓に働きかけることで血糖値を低下させる、メトフォルミンは非常に効果的だと言えます。また、糖の産生を抑制するだけではなく、メトフォルミンは腸管における糖の吸収抑制や、末梢である筋肉などへの取り込みの促進にも効果があります。

現在では、PCOSにおけるメトフォルミンの効果についての文献が、多数報告されています。その中でも特筆すべきは、インスリン抵抗性やクロミフェンが効かない事例に対して、有意に排卵率・妊娠率が上昇したということではないでしょうか。重ねて、代謝や心血管系の異常についても有意に改善したという症例も見受けられるので、選択肢の上位に位置する薬剤として認識するのが妥当だといえるでしょう。

国内外を問わず使用され始めているメトフォルミンですが、国内での使用に際して一般的には、少量より徐々に増量していくことが多いようです。

この薬剤は一見、不利な部分が見えないようにも感じるのですが、最大の弱点は排卵誘発に対して適応がないということです。すなわち、保険適応とならないため自費での支払いになってしまいます。ただでさえ不妊治療は費用がかさむことが多いので、この点は非常に悩ましいところですね。

PCOSの治療薬として服用し、妊娠した場合に気になる胎児への影響ですが、こちらについては今のところ胎児に悪影響があったという報告はありません。ただし、現時点でということになるので、長期的な調査も継続して行っていく必要があるでしょう。

そして最後になりましたが、メトフォルミンの副作用として下痢などの消化器症状の報告が多く上がっています。さらに、重篤なものとして乳酸アシドーシスもあるのですが、その発症は稀であり、PCOSに対して処方される用量であれば大きな問題はありません。

<参照>
<PMDA情報>
一般名:メトホルミン塩酸塩錠

◆ 製品名:メトグルコ錠250mg
製造販売元:大日本住友製薬
http://www.info.pmda.go.jp/go/pack/3962002F2027_1_14/

◆ 製品名:グリコラン錠250mg
製造販売元:日本新薬株式会社
http://www.pmda.go.jp/PmdaSearch/iyakuDetail/530263_3962002F1071_1_20#WARNINGS

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