最近の男性不妊治療について~湯村 寧先生インタビュー

このたびは横浜市立大学の副院長でかつ生殖医療センター部長でもある湯村先生にインタビューをさせて頂きました。

湯村先生は男性不妊治療分野のオピニオンリーダーとして、大学だけではなく、学会や地域を巻き込んで、1人でも多くの患者さんを救いたいという気持ちで活動されています。

最近は不妊治療の保険診療の話題が大きくなりすぎて、男性不妊治療の話を聞くことも少なくなってしまったこともあり、改めて今の男性不妊治療の状況をお話頂きました。

ぜひご覧ください!

ドクターを目指したきっかけについて教えてください。
高校2年生のときに理系に進もうかと思って、さて、なんの仕事をしようかなと考えていたんですが、なにか人の役に立つことがしたいなあと思ってまして、じゃあお医者さん目指してみようかなと思ったんです。

でもそのころはぼんやりとした希望でした。高3になったときにアフリカの子供たちを救うために世界中のミュージシャンが集まって開催されたLive Aidというのがあったんですが、それをみていて「やっぱり何か人のためになることがしたい!!」と強く思いました。今にして思えばあそこに出ていたミュージシャンと自分ではまったく桁が違うのですが、高校生ってその辺考えてないですからね。

そのへんの件をすっかり忘れてたんですが映画「ボヘミアン・ラプソディ」みて「あ、これそうだった!」と記憶が蘇ってきまして、映画の話になっちゃってすみませんけど懐かしかったですね〜。あとは完全に勢いでしたね。

私の家系に医者はいなくて、祖父は九州の炭鉱技師でした。父親は、本当はサラリーマンになりたかったそうですが、祖父に跡を継ぐようにいわれて炭鉱技師になりました。当時は九州大学に鉱山について学ぶ学科があったので、そこに入学したそうです。小さい頃は、よく周りの人が「あんたのお父さんは旧帝大の卒業だ」と言っていましたので、リスペクトしてました。

父は炭鉱技師として北海道へ行きましたが、そのときに母と出会って結婚しました。母は北海道の生まれでこっちは完全に文系ですね。親戚には作家がいますし、祖父は俳句を詠んでいたそうです。母親は詩を書くのが好きで趣味が高じて詩集なんかも出版しています。

だから医者になる人なんていなかったんで親も不安だったでしょうね。今まで未経験の領域ですし。最初は父も難色をしめしてましたが最終的に応援してくれるようになりました。

一浪して受かった時に父が初めて自分の前で酔い潰れる飲みまして、ちょっとだけ親孝行できたなと思いました

大学選びは迷わなかったのでしょうか。
うちはお金がなかったので国公立に進学しようと考えていました。当時は埼玉県に住んでいましたが埼玉には国公立の医学部がないので、漠然と関東の医学部で通えそうなところかなとは思っていましたね。結局受験の面接で「通えるわけないでしょ」といわれちゃったんですけどね。

高校で先生に「医学部にいきたい」と伝えたら「いいんじゃないか」と、進路指導も何もなく言われただけでした。浪人が決まって高校に報告にいった時には、担任に「受かると思っていたのに」といわれました。

一浪し、同じ大学をリベンジすることもできましたが、無理して二浪しても・・・と考えて、まずは医者になることが先決だと思い、受かりそうなところを、ということで受験して今に至ります。

医師になられて、男性不妊の道へ進んだきっかけについて教えてください。
自分の意思というよりも、最初は何にもわからずただレールの上を進んだ、という感じです。泌尿器科に入って初めて研修した病院の部長が当時では珍しく男性不妊の専門家で、日本でも有名な先生で当時から海外の雑誌に論文なども書いていました。その先生の下で男性不妊の学会発表することが多かったので、次第に「湯村先生は男性不妊が専門だね」と言われるようになり、ほかの不妊チームの先生が学会へ連れてってくれたり研究を手伝わせてもらったりするようになりました。

男性不妊が認知されていない時期は、結構きつかったですね。婦人科の先生からは、「男性不妊をやっても意味がないでしょ」「なんかすることあるの?」とか言われましたし。私がこの仕事を始めた頃と比べると、大分、状況が変わりました。

日本に男性不妊を専門とする医師は少ないですが、どう思われますか。
現在、全国で男性不妊専門医は70人くらいですね。

よく言われることですが、少ない理由として 、婦人科と泌尿器科の成り立ち方が違うことがあげられます。婦人科は、お産・がん治療・更年期・そして不妊があるとききます。仮に、椅子があったとしたら4本脚が立っていて割と均等です。

一方で、泌尿器科の場合はがん診療という太い脚が1本で、がん診療以外のことを専門としている人の数は少ないです。尿路結石や前立腺肥大、排尿障害などありますが、それらは全て大きな柱にはなっていません。改めて見てみると、泌尿器科はがん治療に特化してますね。がんをやらないと、主流になれないというか。

がん治療は多種多様な薬も使いますし、ロボット手術もあります。その方面を目指す若いお医者さんもたくさん集まってきます。それに対して男性不妊の場合は、若い先生方も「よくわからない」という感じで少し敬遠され気味です。志す人も少ないので計画的に専門家を育成しないといけないですね。

私のところ(横浜市立大学)は幸い男性不妊に興味を持つ若い泌尿器科の先生が多いので、なんとか彼らに資格を持たせたいとおもっています。それが患者さんのためにもなりますし。

地域によっては男性不妊の治療ができないところもありますが、地域による知識格差もあるのですか。
その通りですね。これからどういう風に地域格差を埋めていくか、専門家がいない県・地域について考える必要がありますが、それを打開する一つの手は遠隔診療だと思っています。

ただし遠隔診療でできることは、話を聞くこと、データをみることだけです。診察ができないので静脈瘤があるかないか、精巣の大きさがどのくらいか、その部分だけを近所の泌尿器科に診察をお願いして、話を進められないかなと思っています。オペが必要な場合は近隣の施設紹介や当院まで来てくださる、ということであればこちらに手術も検討する形です。

現在、私は当院の地域連携推進部長(4月から患者さんサポートセンターと改名予定)を拝命していますが遠隔診療をここで推進しています。実は今、神奈川県が遠隔男性不妊相談をしているのですが、結構うまくいってます。

生殖医療専門医ですが昨今の傾向としては泌尿器科は激増するということはなく、1年間に5人くらいずつ増えていますが、その同数くらいの先生が引退されていってます。ですので総数としてはあまり変わらないですね。

私は生殖医学会でもお仕事させてもらっているんですが専門医の受験制度を変えられないかなあと思ってます。また、患者さんや医療従事者のみなさんが利用できる男性不妊に関するコンテンツをネットで見られる環境を整え、知ってもらうだけでも随分と違います。

泌尿器科の中でも、オペの手前までできる医師が増えると、また状況は変わりますか。
男性不妊診療はとっつきにくい印象がありますし、薬までの処方はできると思いますがエビデンスが少ないのでそれも少し厳しいですね。男性不妊は難しいと思っている人は多そうですね。

でもこれからは専門医は取っていなくてもある程度の情報を持っていて患者さんにアドバイスができる先生、治療はここでできるよ、とか患者さんが学べるコンテンツなどの情報を持っていてくださればよいかもしれないですね。

4月から男性不妊に対する保険診療が始まるが、どう思われますか。
ブランド力がある病院やクリニックは、あまり変わりないと思いますが、自由診療の範囲が少なくなります。元々、助成金制度があるので、お金がなくて男性不妊の治療が受けられないという人はあまりいないのではないでしょうか。

ただ、婦人科を受診する患者さんは増えるのでそのときに旦那さんを連れて来て検査をしたら精子が少ないと指摘され、専門家を受診するようすすめられることで男性不妊が増えることが予想されます。患者さんの数もそうですが、今まで自由診療でやってきたことが保険になるので最初はなかなか対応しきれなくてトラブルも増えるかもしれないですね。

泌尿器科は今までも保険で治療をしていた部分が多いので、今回の保険導入に関しては、TESEが保険になってくれて良かったというのが本音です。当院では、TESEを行う時に3日間入院しなくてはならないのですが、入院できない人も結構いますので、患者さんが増えた時のために日帰りの枠を作らなくてはならないと思っています。

男性不妊に関して、今後、新しい治療法は出てくるのでしょうか。
TESEや静脈瘤手術といった外科的治療に関してはだいたい完成されています。

考えられることとして、内科的治療、薬物療法がどこまで伸びるかということでしょうか。ここ2、3か月、学会に行って会場を歩いていると、製薬会社の人から呼び止められて「男性不妊の薬を開発したいのですが」という相談をされることが増えてきました。

酸化ストレスは最近男性不妊のトピックになりつつありますが酸化ストレスが測れる病院であれば、抗酸化療法をすると所見は良くなる患者さんもいますので、今後抗酸化療法なども日の目をみるかもしれません。静脈瘤もなく、薬でしか治せない人をどう治療していくのかポイントで、それに対してどういう検査をして治療をするのかという問題もありますね。

ARTを使えばいいという話もありますが結局質の良い精子が必要になるので、検査と薬物というのが課題になる気がします。

先生のところでは、積極的に地域連携を進めていますが、他のエリアでも進んでいくのでしょうか。
他の地域でもしているところはありますが、担い手が少ないのでがんばってほしいですね。ただすぐには埋まらないので何度もしつこいですけど情報発信が重要ですし、遠いところをカバーするには、やはり先ほどもお話しした遠隔診療が必要になるでしょう。

TESE後の精子を細胞を運ぶ業者に頼めれば当院で手術をして、凍結精子を運んでもらう方法も選択できるかもしれません。

今年のビジョンについてお聞かせください。
なるべく多くの後進を育成する必要がありますのでそれは継続ですね。また、今年は副院長の仕事をこなしながら、臨床研究と医工連携を頑張ろうと思っています。最近工学部の先生たちから共同研究のお誘いがたくさん来るようになりました。

私は、酸化ストレスのことは述べさせていただきましたが精液検査以外の男性不妊バイオマーカーが必要だと思っています。運動性がよい、悪い、以外に妊娠させられる精子かどうかを調べるマーカーが必要になるのかなと。マーカーの数値が高いと精子の運動性が悪い、妊娠できないということがわかると話が進みそうですね。ではそのマーカーはなんで上がるのか?どうやったら下げられるのか?それが分かれば男性不妊の臨床は大きくすすみます。

基礎医学系、工学系の先生方でも精子のことを研究している人たちはたくさんいて、そのような先生たちとコラボレーションできるプラットフォームを作れたらなあと思っています。

あとは、患者さん向けの本を書きたいと思っています。少しでも男性不妊のことをわかってもらえるような書籍ですね。そのほか若い先生向けの教科書やガイドライン作成も機会があれば携わってみたいです。男性不妊症ガイドラインは泌尿器科の領域で今までなかったので作りたいですね。ほかにもやりたいことはたくさんあります。

まとめ
湯村先生のお話はいかがだったでしょうか?
日本の男性不妊治療を専門にされているドクターは少ない状況ですが、その少ない中でも日本の医療提供体制をどうよくしていくのかを考えられていることがよくわかったかと思います。

今後、AIやIOTの発達などで遠隔診療も進化していくことになりますし、地域差を埋められるような技術がどんどん生まれてくるのではないかと思います。

日本の男性不妊治療が未来に向かって動いていることが理解出来ましたね。また、湯村先生には定期的にお話を伺っていきたいと思います。

湯村先生、お忙しい中、取材に応じて頂き、ありがとうございました。この場をお借りして厚く御礼申し上げます。

<関連サイト>
横浜市立大学附属 市民総合医療センター内生殖医療センター
https://www.yokohama-cu.ac.jp/urahp/section/generative/index.html

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