これから不妊治療はどのように変化していくのか?~ 岡山大学大学院保健学研究科 教授 中塚幹也先生インタビュー

このたびは岡山大学大学院保健学研究科,岡山大学生殖補助医療技術教育研究(ART)センター教授の中塚先生にインタビューの機会を頂きました。中塚先生は生殖医療分野のオピニオンリーダーであり、産婦人科における様々な分野に精通されている先生です。

今回は先生ご自身のお話から、今後の生殖医療に関することなど、幅広く先生に質問をさせて頂きました。

それではご覧ください!

◎ドクターになられたきっかけについて教えてください。

医学部に入りたいと明確な何かがあったわけではないのですが、両親も公務員でしたので、人の役に立つ仕事をしたいとは考えていて、その中から医学を選びました。

◎産婦人科を選ばれた理由をお聞かせください。

世界で初めての「試験管ベビー」と言われたルイーズ・ブラウンちゃん(もう今は母親になっていますが)が生まれたのが1978年で、私たちが学生の頃は、体外受精の実施が日本でも伸びだした時期でした。当時は、その分野の新しいことがどんどん入ってきた時代なので興味もありました。

また、よく言われることですが、産婦人科だと「おめでとう」と言うことができるので、それは良いですよね。

産婦人科はがんも診ますし、生殖医療でこれから妊娠をするという方とも接します。さらに、不育症で流産や死産を繰り返す方を診ますので、内科的な要素も外科的な要素も精神科的な要素も必要ですし、色々と経験できるところが魅力的ですね。

◎アメリカのNIHに行かれていた時期があると思うのですが、向こうでは研究をされていたのでしょうか。

そうですね。研究をずっと行なっていました。
所属した教室から、年に1、2人はいろいろなところへ留学していたので、前の人が帰ってきたら当然のように次は誰かが行くという流れでしたね。その中で、手をあげて行くことになりました。

米国のNIHのラボは、私が初めてだったのですが、女性ホルモンであるエストロゲンを作る酵素であるアロマターゼなどのヘム蛋白を研究しており、当時の流行のNO(一酸化窒素)がテーマだったこともあり興味深く研究をしていました。

日本へ帰ってきた時に私が行なっていた研究テーマに取り組んでいる人はあまりいなかったので研究面でも良かったですし、海外に住んで、それまでのあくせくした小さな社会から離れたことで考え方も変わり視野が広がったので、そういう意味でも良かったと感じています。

◎生殖医療に力を入れるようになったきっかけについて教えてください。

産婦人科に進んだきっかけが、もともと生殖医療をやりたかったからですし、さらに広くリプロダクション全体にも興味がありました。

産婦人科医は、思春期、プレコンセプションケアから妊娠、必要であれば、不妊治療や不育症の治療、出産後も産後の子育て支援や虐待防止にも携わります。まさに、妊娠してもらって子どもが育ち、その子どもがまた次の子どもを産んでくれるというリプロダクションですよね。私からすると、産婦人科医として、その部分を中心に取り組んでいるイメージです。

◎現在、不妊治療や助成金の拡充に関して議論がなされていますが、先生はどのようなお考えをお持ちでしょうか。

総論は賛成です。保険適用になってくれるのであればそれが一番良いとは思いますが、課題はたくさんあるのでその辺りがクリアされるかどうかという部分でしょうね。

保険適用になったからには、この治療でなければいけないという制約を設けてしまうと、逆に不妊治療の治療成績が落ちることもあり得ますので、その辺りは懸念材料です。設計については考えないといけないですね。

◎混合診療や胚培養士の国家資格化も取り沙汰されています。

もちろん、政治がどう動くかということは非常に大きいと思います。どのくらい本気でそれをやらなければいけないのかを理解している政治家の方がいるかどうか。その影響力は大きいですよね。

◎国立大学では岡山大学で唯一、胚培養士を養成するコースが設けられていますが、こちらについて先生のお考えをお聞かせください。

胚培養士の養成や実際に生殖医療の現場に携わっている方々に多く所属していただいている「生殖補助医療技術教育カリキュラム標準化懇談会」では、胚培養士を国家資格にするためにはどうしたら良いのか議論をしています。例えば、カリキュラムの構築などです。胚培養士の国家資格化のためにも、教育の段階から質を揃えることが必要で、それを整えなければ出身大学によって差が生じることになってしまいます。

まだ途上ではありますが、コロナ前から、それぞれの大学が各種の教育コンテンツを準備し、オンライン、オンデマンドで授業をすることでお互いに自分たちの不足しているところを補充し合うことを相談していました。

今ある教育の質を標準化するため、大学同士でお互いにやりくりをしながらパッケージにしていけるのであれば、ゆくゆくはいろいろな大学の中にも名乗りをあげるところが出てくると思います。

◎コロナ禍で患者さんの不安や孤立化が問題になってきていますが、今後の不妊治療をどのように進めていったら良いと思われますか。

2020年4月の段階で、生殖医療学会は「新型コロナウイルス感染拡大のため、不妊治療を1年間先のばしにしたらどうか」と提案しました。しかし、私たちのところへ来られている患者さんからすると、1年も待てないというのが本音ですよね。身の回りに感染者がたくさん出ている地域であれば少し違うと思うのですが、岡山や広島で外来をしていても周りに感染者が少ないこともあって「待てない」という人が殆どでした。

ただ、もちろん不安は高まっていますし、不妊症や不育症の方を対象とした調査でも、「新型コロナウイルス感染拡大で精神的に不安定になった」との回答は3~4割という結果が出ています。妊婦の方も不安が強くなってきているので、メンタルケアは非常に大事になってくると思います。

当然ながら、医学的に院内感染を起こさないということは重要ですし、感染対策のテクニック的なことや設備、PCR検査などを行うのかといった経済面も含めて考えなくてはいけないですよね。

色々と考えた上で自分の考えがあって、「コロナが収束するまで待てない」という方達の不安をどう取り除いてあげるのか、妊娠中や子育ての母親や赤ちゃんへの支援を考えると、これは不妊治療施設だけの話にはおさまらないかと思います。

厚生労働省が新型コロナウイルスに関連して、「妊婦さんの相談窓口を各都道府県に作りなさい」ということで、当院にあるおかやま妊娠・出産サポートセンターもその一つの窓口に指定されました。このような窓口も、広く知ってもらいたいと思います。

あとは経済的な面ですね。コロナ禍ですし、さすがに解雇された場合などは日常の生活費が必要となり、不妊治療は金銭的に難しいと思います。この面でも、全国的に治療に取り組む方が減り、生殖補助医療の数も減ると思います。
しかし、本来であれば治療しないといけない人が経済的な面で治療ができないというのは避けないといけないですね。

◎今の日本では、医療従事者側のウェルビーイングが論じられることは少ないと感じていますが、先生はどのようにお考えでしょうか。

世代によっても異なりますが、私たちの世代は「5時になったら帰ります」という生活をしてきていないのですが、振り返るとウェルビーイングが良かったかは疑問です。

今回のコロナのことを見ても使命感で休日も返上して医療に携わっている人は結構いると思います。医療従事者に関しては、働き方改革の面が、コロナのことで逆行してしまっているのかもしれないですが、大きな流れとしては働き方を考えなくてはいけないですね。ワークライフバランスを考えたうえでも医療が上手くまわっていく形にしないといけないとは感じます。

「だから患者さんを制限しましょう」となると、それでは困る人がいると思いますので難しいところですが、医療の方が、人や設備の充実で対応する必要はありますね。

◎不妊治療とLGBTに関してお伺いしたいのですが、日本においてマイノリティの方が子どもを持つことは難しいのが現状ですが、今後はどのようになっていくのでしょうか。

私は、他の国のようになると思って研究をしています。全国の産婦人科の医療施設の代表者やART施設の方、一般の方向けの調査も行っていますが、年々、LGBT当事者の方々が子どもを持ってもいいのではないかと感じている人が増えてきています。
「絶対に子どもを持つことには反対」という人は少なく、それ自体に抵抗感はないようです。

アメリカやヨーロッパの生殖医学会においても「性的指向や性自認によってLGBT当事者を生殖医療の現場から排除してはいけない」と言っています。日本では、まだその議論ができていないのですが、去年の12月に民法の特例法が成立したので、それに合わせてLGBT当事者の生殖医療のことについても議論して欲しいということを伝えています。

2020年12月に成立した民法の特例法では、単に、今、提供精子や提供卵子により生まれている子どもの親子関係を明確にするという観点からしか見ていません。提供精子や提供卵子をどこで得て、誰が使うのかといった点については十分に議論されていません。今後2年の間に議論するのだと思いますが、その中でも子どもを欲しいシングルの女性、さらにはLGBT当事者の問題がありますね。

また、同性婚が認められるのか、そうではなく法的な夫婦ではないところに子どもができる状況が子どもの福祉にどう影響するのかも考えなくてはいけないですよね。その意味では、LGBT当事者が結婚できるかどうかという問題も解決する必要があります。

◎今後のビジョンについてお聞かせください。

メインテーマの一つとしては、不育症が大きなパートを占めています。着床不全も含まれますが、体外受精で良好な胚を何度か移植しても着床しない、流産してしまう女性は多いことがわかってきています。

生殖補助医療の保険適用のニュースに隠れてしまっていますが、今回の菅内閣では、不育症治療の保険適用にも力を入れてくれています。不育症は検査や治療の自費診療の負担が大きいので、そこをどうしていくのかという議論に入っている段階です。

さらに、メンタルヘルスの問題もありますよね。不妊症も不育症も、また、1回の流産や死産であっても、その後のうつの発生率は高いので、ケアをする仕組みを整備する必要があります。
産婦人科領域でのメンタルヘルスケアは対象が広く、それぞれに違うのが特徴です。当院であれば、不妊症や不育症、流産や産後うつなどありますが、それぞれに少しずつ違います。

例えば、私たちはテンダー・ラビング・ケアという取り組みを全国でやってもらいたいということでDVDを作成して配っています。流産した人が次の妊娠時にまた流産するのではないかと不安になっている気持ちをどのようにケアするのかを紹介しています。

海外でもテンダー・ラビング・ケアをしましょうとガイドラインに書いてあるのですが、実際に何をしたら良いのかよくわかっていないので、この点において調査も行っています。

さらに、夫に対しても本当はケアをしないといけないですよね。今までの枠組みであれば、夫には「流産した女性を支えてあげてくださいね」と医療者も言ってしまうのですが、そうすると、夫は自分の悲しみを抑え込んで頑張るという形になってしまいます。良い方向に行くこともありますが、中にはそれに耐えられなくて、うつになったり離婚に至ったりすることもあるので、そう考えると男性側のケアには今後、力を入れていかないといけないですね。

不妊症も不育症もそうですが、どうしても男性側に目が向けられていない現状があります。カップルを単位として考えるという点は今後、医療スタッフとしても認識しないといけない課題だと思います。

●関連サイト
岡山大学大学院保健学研究科 中塚研究室
http://www.okayama-u.ac.jp/user/mikiya/index.html

インスタグラム
https://www.instagram.com/nakatsuka_kyoju/

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