山下レディースクリニック院長 山下正紀先生インタビュー(神戸)

今回は神戸市で不妊専門クリニックを25年間運営されている山下レディースクリニック院長の山下正紀先生にインタビューをさせて頂きました。

先生にはオールアバウト時代にも一度、取材をさせて頂きましたが、いつも笑みをたたえて、優しい感じが印象的です。勉強会や学会でお目にかかっても、フレンドリーに声をかけて頂ける気さくな先生でもあります。

久しぶりに先生のお顔を拝見したいということと、今の状況をどのように思われているのかを知りたいと思い、取材依頼をしたところ、快く応じて頂きました。

それではインタビューの様子をご覧ください。

ドクターになられたきっかけについて教えてください。(以前も伺いましたが、知らない読者さんもおられると思いますので)

医師を目指そうと思ったのは、高校生の時でした。
私の祖父が大病を患った時、田舎に住んでいましたので、開業医の先生に往診に来てもらいながら非常に苦しい闘病をしました。医師にかかりにくい状況の中で身内や知人が苦しい状況になってしまうという話は周りでも割とよく聞いていましたし、私も多感な年でしたので、そういうことに力を尽くせたらという思いがありました。

また私が知っている当時の医者といえば往診に来てもらっていたその先生くらいでしたが、その仕事ぶりから医師という仕事に興味を持ち、漠然と医師になろうという気持ちが芽生えました。私の通った高校から医学部に進学する者は少なく、私では無理だろうと言われ、かえって奮起することになりました。

奈良県立医科大学へ進学され、その後、京都大学産婦人科に入局されていますが、そのきっかけについて教えてください。

ひょんなことから京都府綾部市にある由良産婦人科の由良源太郎先生の勧めがあって入局することとなりました。現在は、ご子息が由良産婦人科を継がれており、由良先生は先日、綾部市の名誉市民の4人目として選ばれたそうです。

産婦人科を選ばれたのはなぜでしょうか。

由良先生の影響が大きいですね。
先生がおられたので産婦人科、京都大学という道が拓けました。
最初は豊岡に赴任させていただき、それから舞鶴市民病院にも在籍し、巡り巡って神戸で開業することとなりました。

山下先生は、留学もされているとお伺いしました。

ほんの少し研修に行っただけです。
他の先生と一緒に、「オーストラリアに勉強に行ってこい」と言われ、極めて短期的だけ行くこととなりました。

産婦人科に入られ、不妊治療を選ばれたきっかけについて教えてください。

あの当時は、東北大学で日本で最初の体外受精による赤ちゃんが生まれ、さらに徳島大学で二例目が報告されるなど、生殖医療の黎明期でした。随分と体外受精成功に向けてのチャレンジの機運が高まった時期です。多くの施設が情熱を持ってその世界に次々と飛び込んでいった、そういう時代だったと思います。本当に夢のような話から始まっていましたね。

それが、特に福井の西修先生(西ウイミンズクリニック院長)がオーストラリアに研修に行かれるなどして、大学でないと無理だとされていた体外受精を市中病院で成功されたことが非常に大きな刺激となりました。それが、ちょうど舞鶴にいた時期になります。

京都大学もあの当時は不妊治療、生殖医療に関して、国内の中心的な存在となっていました。生殖医療で活躍される人材をたくさん輩出していましたし、私もそこに加えてもらうべく勉強を始めました。

それぞれの思いを持ってその世界に飛び込んだ人たちが今は皆、第一線で活躍をされています。そして、次の世代にバトンタッチをしていく時期に入りかけているのだと思います。

山下先生がご開業されたのが、1997年だとお伺いしております。

ちょうど25年目になります。同じ黎明期を過ごして開業されている先生方は、皆さん20数年になりますね。私は早い方でしたが。

世代が一回りしていますが、治療なども大きく変わっているのではないでしょうか。

変わりましたね。考え方もそうですが、やっていることも違います。
その当時と今とでは体外受精でも隔世の感がありますね。人々の意識もそうだと思います。

開業した頃は、患者さんも体外受精に関して大きなハードルを感じていたようです。当時、体外受精の治療周期数は年間数万周期に過ぎませんでしたが、今では約45万周期と飛躍的に増加しましたし、患者さんの意識も治療レベルも大きく変わりました。

今の治療レベルで考えると、もっと多くの方が妊娠でき、成績を出せていたのだと思います。開業してから25年間、特に最初の15年はものすごい勢いで変化し大きな進歩を遂げました。

ただ、最近は少し足踏み状態だとも言えます。例えば、年齢の壁が越えられないなどです。

患者さんの意識や傾向も変わりましたか。

変わりましたね。今は体外受精と言っても当時のように、大きな驚きや自分には関係のないものだという意識はなく、非常に身近なものになってきています。

助成金などの経済的支援の問題もそうですが、啓蒙のおかげもあると思っています。つまり、年齢が高くなってから不妊治療を始めてもあまり上手くいかないということですね。早いうちに子供を作ることが重要であるという意識も高まってきたのではないでしょうか。

それから、私たちが始めた頃よりは、治療成績も格段に良くなってきていることも大きいと思っています。

不妊治療クリニックによって、手法がかなり異なる部分もあるのではないでしょうか。

浅田レディースクリニックの浅田先生のお話を聞くと、適切できちっとした卵巣刺激をした上で、できるだけ卵子をたくさん採り多くの受精卵を凍結しておくことが大切であると言われております。一回の採卵で希望する人数分の受精卵が凍結保存できれば採卵は一生で一回だけで済みます。そういう体外受精が本当の意味で負担が少なく体にも優しい治療だということです。

本当にその通りだと思いますし、私はARTを行う上で人工授精とあまり変わらないような妊娠率しか得られないようなやり方は良くないと考えています。日本の成績が悪いという一つの理由はそこですよね。

こちらのクリニックでは、先生ご自身が最初から最後まで治療に携わり、責任も取られているのですね。

三宮に4つの不妊治療クリニックがありますが、初診から卒院まで同じ医師が患者さんを診ているのは私のところくらいでしょうか。

チーム医療なので、私だけでクリニックを運営しているわけでは決してなく、ナースやラボのスタッフ、カウンセラーもいます。医者は私だけということなのですが、初診から卒院まで全責任を持たせてもらうということが、患者さんに対する信頼や安心の大きな材料にはなると思っています。

当院は私が全責任をあなたに持ちますという中で、「いつのときも一緒に考えていきましょう」と言えるのが特徴です。基本的にはこのスタイルを変えようとは思っていません。

一般不妊治療の妊娠例が多いのも、こちらのクリニックの特徴ではないでしょうか。

私は、これが普通だと考えています。
当院では毎年500人を超える方が妊娠されています。そのうちの約半数は一般不妊治療によるものです。一般不妊治療による妊娠の内訳としては6割がタイミング法、4割が人工授精となっています。

この10年間の変遷を見てみると、前半の5年間はART妊娠の割合は48%で後半5年のART妊娠は52%と最近はART妊娠の率が増えてきてはおります。しかしながらこのART治療全盛の中にあっても、不妊治療に進まれる半数の方はARTを受けないでも妊娠できているという事実は大きいと思っております。

ステップアップ法という言葉がありますが、これは、できるだけ少ない負担で妊娠することを目指す考え方です。治療の方法は大きく分けて、タイミング法、人工授精法、ARTの三つからなります。具体的には負担の少ないタイミング法から始めて一定の期間の間に妊娠できるかできないかを見極めて、ダメであれば次のステップへいくというやり方です。ステップアップ法をきちんと実行していけば、このような数値になるのです。

それぞれのステップが半年ほどになるので、結果的にARTへいくには1年以上かかります。20代など、十分に時間のある方は一般的にはその考え方ででいいと思っております。

かつては、35歳を超えた方にもその考え方でやってきておりました。
しかしながら、今は35歳を超えた方にはその考え方は適切ではなく、もっと早い段階でステップをあげていかないと結局は、その方にとってプラスにならないと考えています。

また、ARTしかしないクリニックもあると思いますが、それはつまり、ARTをしなくても妊娠できる方であってもARTをしていることを意味しています。
すなわち人工授精までの治療で妊娠できるに方も結果的にARTをさせているわけですね。

もちろんARTをしなくても妊娠できる方にARTを行えば極めて高い妊娠率が得られると思います。ARTは妊娠率という点では最高の治療法ですが、負担の大きさという点でも一般不妊治療よりはるかに大きくなります。
治療を受けられるご夫婦にはそのあたりの事情を十分に理解してもらった上で治療法を決めていただく必要があり、その選択肢を提示する責任があると思っております。

生殖医療におけるARTは周産期医療における帝王切開である、とお話されていた先生がいらっしゃいます。つまり、帝王切開をしなくてもよい患者さんには帝王切開をしたらいけない、ただし、それが必要な場合には決して遅れてはならないということです。その通りだと思います。

ARTも、ARTをしなくても良いという方にはせず、ただし、必要な人にはそれが遅れてはいけないということですね。そんなことをしなくても半分は妊娠しますし、本当に必要な人に必要な治療をきちんと受けていただくことが大切だと考えています。

今度、出版する書籍には、「どんな病院を選びますか」という内容を書きました。病院選びのコツですね。

その一つには、そうは言ってもやはり、ARTをしている病院へ最初から行くべきだろうと。ARTを高いレベルで行うことができるスキルや視点を持っている医師であれば一般不妊治療から始める場合にも有利であると考えてのことです。
ARTができないレベルでの一般不妊治療と、ARTもできるけれど、その中で一般不妊治療を選択するのとでは全く違いますよね。

また、ARTでの妊娠例しか出していないクリニックは、良くないとも考えています。先ほどから述べたとおりです。さらに、仕事と両立ができる体制にあるクリニックを選ぶべきだとも言及しました。

不妊治療分野では、助成金拡大が実施され、来年は保険診療についても視野に入っていますが、先生のお考えを教えていただけますか。

まず、助成金の拡大というのは望ましいことですね。やはり、治療には大きなお金が必要ですし、そのために治療に踏み込めない、ステップアップができないという方もいるわけです。その部分が手厚くなることは喜ばしいことです。

ただ、それが少子化対策になるかと言えば、そういう話にはならないと思います。少子化の根底にはもっと別の話がありますし、体外受精で生まれる赤ちゃんが5万人だったところが7万人に増えたからと言って、それほど大きな少子化対策にはなりませんよね。しかし、個人の幸せには大きく寄与するので、助成金拡充には大賛成です。

それからもう一つは、保険適用という実際的な話は別として、不妊治療が話題となり、認知度が高まりました。かつては不妊治療はややもすると日陰的な感じで受けざるを得なかった状況もありました。この度は国をあげての支援ということで自信を持って不妊治療を受けられることに繋がります。これは現政権の大きな功績だと思いますので非常に歓迎しています。

ところが、各論的な話、つまり保険適用になると難しいですね。保険診療というのは、極めて杓子定規な型にはめたものです。この状態のこれに対して、これだけのお金を払いますということであり、逆に言うと、この治療は保険で認めますが、それから外れるものは保険で認めませんということです。しかも、現在の保険診療は混合診療禁止というシステムになっています。体外受精を保険診療だけの枠に当てはめてしまうと、きちんとした治療ができなくなると思います。

だから、保険診療をするにしても非常にファジーな部分を残しつつ、場合によっては混合診療も使いながら柔軟に持っていけるような形にしないと、患者さんにとっては受けたい治療が受けられないことになってしまいます。

結果的に、それは患者さんにとっても医療者側にとっても、非常に大きな障害になり得ます。現行の保険制度に当てはめればということになりますが。

今後のビジョンについてお聞かせください。

お子さんを望まれるすべてのご夫婦の思いが叶って、お子さんを持つことができればと願います。

やはり、一番大きな壁は年齢だと思います。年齢がそう高くならないうちにお子さんを作るという大切さを、社会全体、世の中全体が認識しなければいけないですし、場合によっては早めにARTに進むことも視野に入れる必要があります。

ただ、そういうことを知ってはいるけれども、世の中の色々な事情によってできないこともありますので、今後は流れが変わるといいですよね。

私が活動できるのはクリニックの中なので、少なくとも目の前にこられた方にはその大切さを十分にお伝えし、本当に赤ちゃんができるうちにきちんと作ってもらうということに力を尽くしていきたいと思います。

まとめ
インタビュー内容はいかがでしたでしょうか。
私としては山下先生の25年のご尽力が節々に感じられる印象深い取材となりました。

記事の中には書いていませんが、不妊治療の歴史の話もあり、「これを話し出すとお互いに話が尽きないね」と先生が歩まれてきた道の充実度を知る時間でもありました。

不妊治療については、もっと高度に、もっと新しくというような風潮の中で、出来るだけ負担を少なく、効率よい治療を行うのが筋だということで、一貫性を持って治療をされています。

その先生の姿勢を見て、多くの患者さんの支持を集め、同じ不妊治療業界の方々の中にもファンが多いことがよくわかります。

お忙しい中、お時間を頂戴し、誠にありがとうございました。
この場をお借りして厚く御礼申し上げます。

関連サイト
山下レディースクリニック
https://www.ylc.jp/

出版情報
https://www.ylc.jp/news/top.html?id=book

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